投稿者 seikou418 | 2011年10月14日

9月29日(木)~10月2日(日)

東日本大震災復興支援 第66回国民体育大会
おいでませ!山口国体

9月29日(木)
よく覚えていませんが…、多分準備?
国体前の最後の勤務日。ここから、国体の自転車競技会の為だけの日々が始まりました。

9月30日(金)
一日中、直前準備してました…、多分。
トラック・レース、ロード・レースの機材管理ボックスを最終チェックしたはず。
管理表の作成や、記録用紙などのバラマキも…。
事務局(実家)の軒下は、自転車用具でいっぱいでした。

10月1日(土)
遂に!「おいでませ!山口国体」開幕!!
私は、招待者としてオープニングイベントから総合開会式をメインスタンドで観覧してました。

10年前の高知国体に初めて山口県代表として国体選手となってから…。
山口国体の選手出場を志してましたが…、いつの間にやら事務局長になって、完全な管理運営側の立場になっての山口国体になりました。
大分国体が選手として最後の大会で…、全アマ開催で連盟組織が空中分解寸前となり…、
新潟国体の時は競技役員として私一人が派遣され、選手を続けたい気持ちで納得がいかない中での執務になりました。
そして、リハ大会「全国都道府県大会」で右も左も解らない中で廃人となり、千葉国体を経て…、

「私が、しっかりやらないと山口国体の自転車競技会は成功しない。」
という確固たる決心が、ようやくそこでつきました。
いろんな選手仲間には、「選手として出るんでしょ?」って言われてましたが、その時期から私は完全に裏方に徹する覚悟をしてました。
「地元国体に選手で出場する事も名誉だけど、地元国体自転車競技会を成功させる事も見えないけども名誉なことだ!」
と、自分で納得できるようになったという訳です。

いろんな葛藤、そして悔しさを感じながらも、私は裏で支える側に徹して、競技者経験を生かして、より良い環境を作る事を目指してきました。
故98理事長の「思い」も痛いほど理解していましたし、その「思い」を叶える事が、私の「恩返し」だと心に誓っていました。

というわけで感慨深く、地元国体の開幕を観覧させていただきました。

10月2日(日)
これまた…、よく覚えていませんが…。
ひたすら一日中、作業をしていた事には違いがありませんね。
ですが…、比較的準備は順調に進んでいましたね。
ただし!配宿関係の調整が難航してましたね。
防府市会場のホテルが相部屋があるという事が直前に発覚したり…、美祢市会場の部屋数が足らなかったり…。

競技会の競技運営以外の部分なんで、もはや競技団体の管轄じゃないですけど…、最終的に競技団体のメンツがあるんですね。
成功させるためには、競技団体が調整を上手くしないと出来ないんです。
行政は、「どねぇーでも良い」から、宿泊場所をキープしたらそれで仕事が終わりですから。

お役所と仕事する時は、やはりモチベーションの高い競技団体が主導しないといけなくなるわけですな…。

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