投稿者 seikou418 | 2012年10月10日

10月2日(火)~10月10日(水)

「ぎふ清流国体」の自転車競技会に競技役員として参加してきました。

●10月2日(火) 移動・役員打ち合わせ
 早朝に出発。ESチームカーで一人気ままに移動。
 13時頃に岐阜競輪場へ到着。
 愛媛県のM浦さんに、一番初めに遭遇。
 近県の知人が居ると、安心します。
 監督会議終了後に、役員打ち合わせ。
 山口国体でお世話になった方も大勢ですが…、顔と名前が一致しない。
 おぼろげな記憶を元に挨拶をして回りますが…、まぁ全員は無理です。
 全体打ち合わせ後に決勝審判員だけでの顔合わせと班分け。
 国体の決勝審判員だけに…、「重鎮」や「やり手」ばかり。
 恐縮です。
 ワシントンプラザホテルの宿舎へ移動し、夕食。
 夕食後に、今後の国体方針についての会議に召集された。
 JCFの総務委員長、競技委員長、業務部長及び部員、そして東京車連理事長…(汗)
 とんでもない面子の中で、恐縮ですが先催県の車連事務局長として意見を述べました。
 年齢は離れていますが、自転車競技に対する情熱は同じなんでしょうね。

●10月3日(水) 自転車競技会1日目
 今年から団体種目が初日に変更になりました。
 これは個人種目の予選を最初にやってしまうと、落車などで選手が怪我をして団体種目に穴が空く事を防ぐための処置です。
 団体種目は得点が高いですから、日々練習を積んできた選手や監督への配慮ですね。
 やはり、国体での成績によっては、各都道府県車連へ落ちる選手強化に係る補助金の額も変わってくるわけですし。
 怖いですねー、たかが国体!されど国体!!です。
 そのおかげで、決勝審判は初日は個人種目のケイリン一回戦までは、休憩&観戦のみでした。
 まぁ、明日からは休憩が無いと思えば…、まぁ許されるでしょう(笑)
 夜は、岐阜市在住の学生時代の大先輩K原さんと食事&飲み。
 学生時代には、クールなチャリ乗りな感じで、グローバルなアウトドア系で憧れていた先輩でした(笑)
 そんな先輩は、やはりメキシカンな「おしゃれバー」で愉快な遊び方をご存知でしたね。
 辛口なウイスキーで楽しい夜を過ごしました。 

●10月4日(木) 自転車競技会2日目
 ついに!個人種目の競走系が始まり、決勝審判のジャッジが本格的に始まりました。
 そうそう、スプリント予選ではいろいろと問題が発生しました。
 競技役員(審判員)のあり方について考える機会でした。
 「毅然とした態度で接する」には、事前に「身を正し」「知識を得る」必要があります。
 「注意」「警告」「失格」というような指導の処置があるように、まぁフレキシブルな対応が円滑な運営を生むと思います。
 過失の所在を追及して「人為的ミス」を明らかにする事も必要かもしれませんが、今後それが起きない処置をする事が重要だと思いました。
 まぁ…、「重大な過失」を認めるとなると、それに対する処置も必要だったのかもしれません。
 しかし、連日の快晴で…、南側に向いて設置されている「決勝審判台」は日照地獄です。
 日焼けサロン並みの紫外線を朝から晩まで浴び続けることになりました(笑)
 そして、楽しい夜は…、M浦さんに誘って頂き、「周回打鐘員」の飲み会に参加させていただきました。

●10月5日(金) 自転車競技会3日目
 決勝審判員としては山場の、「ポイントレース」が始まりました。
 予選は、成年・少年それぞれ2組の4組をジャッジする必要があります。
 5周回に1回のポイント周回がありますし、周回管理、先頭確認、着順判定でまぁ忙しいですね。
 そこは、国体に派遣される競技役員のスキルの高さで、難なく終わるところが感動ですね。
 徐々に山口県勢も勝ち上がって来て、感情移入してきて…、山口県選手が居る競走のジャッジが困難になってます。
 やはり、地元選手には思い入れがあるので、目で追ってしまって全体をニュートラルに見えなくなってしまいます。
 怖いですねー。
 そして、夜。
 名古屋まで電車で移動して、学生時代の仲間達に会いました。
 わざわざ機会を設けてくれたオクダ君、ありがとう。
 そして、解散後…、私は夜の名古屋に消えていきました(笑)

●10月6日(土) 自転車競技会4日目
 夜の名古屋を満喫しすぎて…、終電を逃して名古屋泊してしまったので…(苦)
 始発の電車で岐阜へ。
 本日でトラック種目は終了し、ロード会場へ移動します。
 ホテルはチェックアウトです。
 さぁ、トラック種目の決勝、順位決定戦の目白押しで、決勝審判は忙しい。
 ケイリン種目、4㎞速度競走で、山口県勢が残っていましたが…、順位が読めない(涙)
 特に少年選手は、小学校の頃から知っているわけで…、思いが。
 涙が出そうになるもんです…、オッサンになると。
 がしかし、審判員は声を出して応援できないので、静かに見守りました。
 ロード会場へ移動し、競技役員打ち合わせ、コース視察、自衛隊対面式、主任会議。
 私、なんとロードレースでは、決勝審判員の主任です(汗)
 その夜、重鎮役員の方々へ、ロードの決勝審判員の心得と役割など、ご指導を頂きました。
 また、結局なんとなくの部屋飲み会に突入し…、結果国体期間中は毎日アルコール漬けでした。

●10月7日(日) 自転車競技会最終日
 ロードレース会場で、連携する招集誘導員主任と調整。
 ロードレース発着点の各県スタート枠がすでにチョークで記入されているのは良いのだが…。
 まぁ、良くある感じで各県2名いるのに、1名分の自転車のスペースで記載されています(笑)
 昨年、私も実行委員会とこういう細部の部分で調整を繰り返したので、すぐに気が付きますよね。
 という事で、交通規制後に枠の書き直しをすることで進めます。
 また、決勝審判台の仕様があいまいで、写真判定業者と実行委員会の間に入って、カメラ設置場所確保。
 という事で、行政の末端職員に嫌われるかもしれませんが、競技団体が細かい事に目を配らないと、上手く出来ません。
 国体を成功させたいのは?行政?競技団体??
 どっちでもないかもしれませんが…(汗)、選手や監督はこの国体での名誉を掛けて、本気で頑張っています。
 運営側の不手際で、一生懸命頑張っている選手に迷惑を掛けてしまうのは、運営側の「重大な過失」です。
 それは、その過失の原因になった当事者だけではなく、その周囲…、いや組織全体の過失だと…、私は思います。
 まぁ、そんなこんなで…、優秀な競技役員や実行委員会の方々の運営で、素晴らしいロードレースが出来たと思っています。
 成年男子は、タイヤ1/2差での僅差のスプリントでした。
 私は、目視で福井県が勝ったと判定したので、スリットカメラに近い精度を、国体最終日に手に入れた気分で、満足でした(笑)
 その後、感動のフィナーレを終えて、5日間共に執務した競技役員の皆様ともお別れ。
 岐阜国体という素晴らしい大会に微力ながら協力できた事で、私も先催県の連盟事務局として肩の荷が下りた気分でした。

帰りの車の運転は、尋常じゃない眠気に襲われ…、仮眠を取りながら福山SAまで到着しましたが…。
安全性が確保できなくなったので、福山SAでDNF。車中泊しました。

翌日、朝から移動して、昼からの出勤時間まで爆睡でした…(疲)

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